好太王碑

好太王碑

古代史にはなぜか心惹かれます。

しかし残念なことに6世紀後半、聖徳太子の時代より前の我が国の歴史は神話との境が曖昧で、深い霧のようなモヤがかかっています。

そんな深い霧に光を当ててくれるのが、近隣国の記録と遺宝です。

3世紀前半の卑弥呼と邪馬台国を伝える道標は、中国の西普(3世紀後半)が残してくれた【魏志倭人伝】。日本史最古の確たる記録です。

次に古いのが、4世紀半ばに朝鮮半島より渡来した【七支刀】(石上神社蔵)。銘文により朝鮮の百済と日本が友好関係にあったことを教えてくれます。

そして三番目に古い記録にして、4世紀後半の日本の朝鮮半島進出を物語るのが414年に高句麗王によって建立された【好太王碑】です。

遥かなる遺宝

好太王碑のことを私が知ったのは、もう十年近く前のことです。この目で見てみたい!と逸り立ったものの、所在は中国の北朝鮮国境沿いとあって、情報が余りに乏しい上に交通も不便極まりなく、歯噛みをするしかありませんでした。

それが昨夏にふらっと久方ぶりに好太王碑の情報をネットを漁ってみると、年末に高速鉄道新線が碑の近くまで開通するとのニュースが!

“これなら行ける”と欣喜雀躍、大陸の厳しい冬(氷点下20℃🧊)が明けるのを待って、4月初旬に勇んで中国東北に旅立ちました。

好太王碑への道のり

開業間もない「瀋白高速鉄道」の起点は瀋陽。そこから長白山行きに乗ると1時間足らずで通化市に到着します1(高速鉄道開業前は6時間半!)。 この通化から好太王碑のある集安市までまだ100kmありますが、高速道路が通っているので車で僅か1時間2。チャーター車は安心の現地ホテル紹介で手配しました。料金は600元(13,000円、高速道路代込み)でした3
前夜に通化入りして、翌朝は朝食ももどかしく7時半にチャーター車(タクシーでした)に転がり込み、いざ集安へ。 そしてガラ空きの高速道路4を飛ばした車は、本当に1時間で着きました。いよいよです。【好太王碑】の文字が大きく躍る駐車場に車が止まりました。

撮影OK!

入場ゲート5を通ると間もなく好太王碑のガラスの囲いが見えてきます。

息を呑んで正面ヘ。事前に調べた情報では囲いの中は撮影禁止とのことだったので、警備員にガラスの外からは撮影してよいか尋ねると、、
なんと囲いの中も撮影OK❗️
撮影は出来ないものだと諦めていたので、これは予想外の嬉しいボーナスでした。

好太王碑解読

ドキドキMAXで囲いの中へ入ると
好太王碑が目の前にありました。しばし放心。。
好太王碑
左が第1面、右が第2面
されど“ここからが本番だ”と我に帰って

何が本番なのかというと、好太王碑は1600年もの歳月の大半を野ざらしで過ごし、近年では数多の拓本採りで傷められ、表面が摩耗して肝心の碑文が消えかかっているのです。この摩耗した碑文から日本人=倭人の記録を読み取らねば、日本古代史を紐解くという、そもそもの目的が果たせません。

予習はしてきたものの、そもそも碑の画像があまり見つからず、見つかった画像も肝心な“倭”がある箇所が切れていたり、“倭”があってもそう見えなかったりで

好太王碑
予習資料。線で囲っている箇所は比較的はっきり読めそう。
好太王碑
ネットの画像。右が「倭人」、左が「任那加羅」・・・。肝心な箇所の漢字がそれに見えない💧

予習資料を取り出して、“読み取れないかも…”と恐れながら“倭”のあるべき碑文の位置に目をやると

見えた、見えました。ネット上の写真では判然としなかった文字のかたちがハッキリと。見紛うことなき“倭”の字です。しかも一つだけではなく、三つも、四つも。

好太王碑
黄色の四角の内、はっきり「倭」と読める!

更には、倭人(日本人)が朝鮮半島に攻め入り新羅の国境を破り城や池を潰したという一番読みたかった文もまるっと読めました。
4世紀の日本は朝鮮半島深く、窮余の新羅が高句麗王に助けを求めるまでの勢いで攻め入っていたのだなぁ(詠嘆)6

好太王碑
倭人満其國境潰城池(日本人が満ちて(新羅の)国境や池を潰した)
本願成就、感無量とはこのときの気分のことを言うに違いありません。

それから他の箇所も読んでみようと資料と碑文を代わる代わる見比べて、気がついたらあっという間に1時間が経っていました。その間、ほぼ碑を貸切り状態。オンシーズン(5月から)前に来たのが期せず功を奏したようです。

いつまでもキリがないので、後ろ髪を引かれつつも、すっかり満足して好太王碑に別れを告げ、おまけとして好太王に関わる他の遺跡と北朝鮮国境を巡って、満足感いっぱいに再び高速道路で通化に戻ったのでありました。

将軍塚

将軍塚
好太王碑を414年に建てた、好太王の息子・長寿王の陵墓。保存状態がとても良く立派に屹立しており、“東洋のピラミッド”の異名も頷ける。

太王陵

太王陵
こちらは好太王の陵墓。残念ながら石積は崩れて持ち去られて見る影もない。
太王陵
太王陵は上まで登れて、太王の棺が納められていたであろう石室の中まで入れる。

丸都山城

丸都山城
山上に石積の砦の跡が残るのみ。市内の国内城も同様で、特に見なくてもよかったか。

鴨緑江

鴨緑江
北朝鮮国境となる川は、驚くほど川幅が狭く流れも緩い。簡単に渡ってしまえそう、、、。 対岸の朝鮮の人がよく見える。5月からのオンシーズンは博物館からまっすぐ川に向かったところの船着き場から、遊覧ボートが出るそう。看板は「対岸の人と話をしてはいけません」と書いてある(話を交わせるぐらい近い)。
鴨緑江
黒いのは北朝鮮の人。本当に近い。

集安鴨緑江国境鉄道大橋

集安鴨緑江国境鉄道大橋
鉄道橋も架かるが鉄道運行は中断中。鉄道橋を近くで見るには入場券を買うけれど、すぐ脇(市内側の道のどん詰まり)に、橋が川辺りからよく見える無料展望台(中国国旗が高らか掲揚されている)があり、こちらの方がお勧め。

朝鮮人参

朝鮮人参
北朝鮮国境だけあって、名物土産は朝鮮人参。数百円から10万円超までピンキリ。何が違うやら。集安では朝鮮料理屋が多いらしいが、今回集安で食事はしなかった。代わりに朝鮮料理は通化の繁華街で食べて、小麦粉の冷麺やキムチに舌鼓を打ちました。

貴族墓地

​墳墓内に四神の描かれた壁画あると聞いて、高松塚好きキトラ好きとしてこちらもとても楽しみにしていたのだけれど、休業で見ること叶わず。。(涙)
定休日なのか臨時休業なのか分からなかったものの、域内に重機があったので整備のための長期休業の可能性大。

市の中心部にある博物館も長期休業中でした。