
本文は2025年10月の筆者の見聞に基づき書かれたものです。
第3窟
雲崗最大級の洞窟に座する本尊は高さ10mの阿弥陀如来。北魏時代には未完成で顔は200年以上後の唐時代に仕上げられました。そのため他の雲崗の他の仏像と容貌が異なっています。
第6窟
スケールの大きい第3窟から一転して、
中央塔も四壁も、精緻に彫られたお釈迦様の一生を語る彩色彫刻でびっしり埋め尽く
第12窟 ~音楽窟 ~
4年前に、9年間に及ぶ大改修を終えたばかり故、色も鮮やかで、見ていて心奪われます(天人の奏でる調べが本当に聞こえてきそうな気がしました)。
第13窟 ~腕支え武者 ~
第13窟の菩薩像は右手を上げて勇猛果敢な姿勢をとっていますが。そのあまりに巨大な姿のため、中空に保つことができませんでした。
そこで当時の職人たちは、その巨大な腕を支えるために四本の腕を持つ武者像を特別に設計したのです。
この設計は実に素晴らしく、巨大な腕を支えるという問題を解決しただけでなく、弥勒菩薩の雄大さと護法の威光を適切に強調し、迫力と感動を与えます。
第18窟
緻密な設計で完璧な仏像構成だと称えられる第18窟。中央に巨大な主尊を据え、左右対称に、大きさの異なる脇侍、菩薩、弟子を配するこの配置は、整然とした階層構造と完璧な構成を持つ古典的な絵画を形作り、極めて神聖で荘厳な宗教的雰囲気を醸し出しています。
第20窟 ~露天大仏 ~
第20窟は正面の壁が崩落したため、仏像が露出しており「露天大仏」と呼ばれる。大仏の荘厳な姿は初期雲岡石窟彫刻の典型的な特徴を体現しており、この時代を代表する仏像。
雲岡石窟を象徴する存在でもあるので、雲崗石窟を紹介する写真に登場するのはもっぱらこの第20窟。
雲崗石窟のある大同市1は、4世紀末に北魏が都と定めて以来、遼、金、清等の征服王朝にとって重要都市であり続けました。そのため大同市は歴史ある見どころが、雲崗石窟のみならず、目白押しなのです。
華厳寺
華厳寺は遼朝(1038年)創建の大同旧市街にある広大な寺院。戦乱と天災によりほとんどのお堂が灰燼に帰した中、大雄宝殿と薄伽教蔵殿のニ堂だけは創建時かそれに近い時期のものが現存する。
薄伽教藏殿
建物はそのまま。鎮座する仏像31体もあまねく 創建時(遼朝 11世紀)のものという、千年時空を超越したお堂。















